ワイヤレスヘッドホン

 年に一度、どうしてもほしいものを奥様にねだる。いつであろうとそれが誕生日祝になる。実はあと11か月も先なんだけど。

 今年はワイヤレスヘッドホンをおねだりした。いいアルバムがたまってくると、ある程度の音量で楽しみたくなる。でも音楽の好みは人さまざまで、キムタクの新譜を買って喜んでいる奥様と、ボサノヴァばかり聴いている隠居とは、地球の裏側ほど違う。

 人が悦に入って聴いている音楽ほど、どうにも良いとは思えないのが人の常。よって、一人で密かに楽しめるヘッドホンをということになった。

 「価格別おすすめヘッドホン」を検索してみると、ベストセラー1位のSONY WH-CH510が4000円となかなかリーズナブル。自分で買うならこれにするだろう。でもプレゼントだからなあともう少し価格帯をあげてみると、気になるのが「家電批評ベストバイ2021年」に輝くAnker Soundcore Life Q30、あちこちで「おねだん以上」と評判がいいようだ。めずらしくピンク色があったので奥様に見せると、思いがけず食いついてきたのでありがたく便乗させていただくことにした。

 翌日。何度も玄関を開けて、置き配を確かめる。

 いくつになってもこういうワクワク感は贅沢なご馳走である。

 夜になってようやく小振りな箱が届く。優しいピンクのボディをひと目見て「わっ汚れそう」というのが第一印象。でも奥様の音楽生活向上の意もあるのでピンクで良しとしましょう。とりあえず付属のUSBコードで充電する。2時間ほどかかるらしい。

 ペアリングは2台までできるそうなので、自分のMacBookAirと奥様のiPoneを登録する。iPhoneはすぐに繋がったが、Macのほうはなかなか認識しない。こういう時は慌てず騒がず、ただ待つべし。

 Bluetooth環境設定にようやく「Soundcore Life Q30」が到着。早速、MacのMusicを起動する。おっと、ヘッドホン本体の電源ボタンを〈3秒長押し〉するのを忘れておりました。ONになったとたん豊饒な音が耳に飛び込んでくる。うーむなかなか良いじゃないですか。

 出資者にもiPhoneからキムタクのニュー・アルバムをご披露しておく。接続は自動だから超簡単。家の中なら階段を上がって2階の部屋まで歩いても、一瞬も途切れず鳴り続けている。

 翌朝、というのは今なんだけど、初の音シャワーを何にするかに迷う。まずはHenri Salvadorの『Chambre Avec Vue』あたりから如何でしょう。

 キッチンでお湯をわかして洗面所へ行き、モーニングルーティンを済ませ、玄関を開けて新聞を取る。さすがにトイレまでは連れて行けないけれど、音楽を纏ったままシームレスに動けることのなんという心地よさ。

 椅子から立ち上がる時に思わずヘッドホンをはずそうとして、コードがないことに気づく。これはこれは、音楽生活が一変しそうな予感。

 

 翌日、奥様がレースの汚れ防止カバーを作ってくれました。素敵な誕生日プレゼントになりました。

スリー・グッド・シングス

 70歳古希になる誕生日から「スリー・グッド・シングス」というメンタル・リセット法を始めた。その日の終わりに、①できたこと ②楽しかったこと ③感謝することを3つ思い出して紙に書くだけ、という拍子抜けするほど簡単なものだが、たぶん天の邪鬼な隠居は、3つ以上書くと効果がない、というひねくれたお約束が気に入ったのだろう。

 初回は、①朝散歩のとき近所の草ゴミを掃除した。②自分へのご褒美にと注文した『日刊イ・スラ』が、誕生日当日にタイミングよく届いた。③久しぶりに「せんしゅう」の牡蠣モダンが食べられた。「せんしゅう」というのは隠居になってから細々と通っているお店だが、ここのお好み焼はなにしろ絶品なのである。

 以前、歌も文も絵もこなすマルチ・アーティストのイ・ランにハマったことがあり、今回もイ・スラには期待していたのだが、残念。これだけは相性ですからね。

 澤田瞳子という人が夕刊連載の「カバンの隅には」で、「日常とはシンプルで、ほんのひとさじ程度の変化だけでいい。そして一日一日が確実に過ぎて行けば、それに勝る幸せはきっとない」と書いていたが、それはまったくもって隠居の心境そのもの。そしてこの「スリー・グッド・シングス」の意図するところでもある。毎日3つも幸せなことを思いつくことができれば、魂は必ず救われようというものじゃないですか。

 それから40日たった今日はこの3つ。

 ①シティライフをがんばって完配した。月に一度届くこの地域情報誌を配って歩くとCD1枚分ほどの謝金をいただける。それもありがたいのだが、70になっても同じように元気に歩けていることが、何よりもありがたい。もう10年、隠居の足腰を支えてくれているお仕事なのだ。

 ②ブラジル・ミナス出身のシンガーソングライター・Wandoヴァンド氏と出会う。名前も知らない人だったが大好きなエミリオ・サンチアゴさんと似た雰囲気で、けっこう聴いていられるんですな。朝のBGMとしてパワープレイ中。ミナス出の歌手といえばミルトン・ナシメントが有名だが、先日、「O Vendador De Sonhos」という曲でポール・サイモンとデュエットしているのを初めて聴いて、ちょっと興奮。翌年のポールのアルバム「The Rhythm Of The Saints」に参加したのはそのお返しなんだろうか。

 ③お3時にオートミールのロールドオーツで焼きおにぎりを作った。オリーブオイルの代わりに米油を使い、めんつゆで味をつけると、これがなかなか美味くてやみつきになる。糖質制限中の定番のおやつになりそうです。

 

 

 

マルコス・ヴァーリ

 「Marcos Valle Tudo - Discografia De 1963 A 1974」という11枚組のボックスセットを手に入れることができた。63〜74年にオデオンから出た全10枚のアルバムのデジタルリマスター版に、未発表音源集「Lost Sessions」1枚を加えた、ファンならずとも唾を飲み込みたくなる宝石箱である。ボサノヴァ第2世代のマルコスさんだが、”ブラジル最高のメロディメーカー”の名に恥じぬ佳曲ぞろいに、改めて唸ってしまった。

 中でも気に入ったのは2枚めの「O COMPOSITOR E O CANTOR (1965)」である。

 名曲「サマー・サンバ Samba De Verao」は知らない人がいないだろうが、年間最優秀曲に選ばれたという「Preciso Aprender A Ser So(一人でいることを学ばなくちゃ)」もいいし「Passa Por Mim」の美しさにはうっとりしてしまう。

 そのマルコスさんが70歳になったとき、50周年記念としてやってくれたのが、隠居も大好きなステイシー・ケントとのコラボレーションである。リオでのライブ盤『Marcos Valie / Stacey Kent - Ao Vivo Comemorando Os 50 Anos De Marcos Valle』(2013年)を、12枚めに加えたい。朝のBGMとしてこれほどのものがありましょうか。

 

 

 

ルイス・ボンファ

 「Bossa Nova Sambalero」(1993)というアルバムが気にいって朝によく流しているのだが、中でもマリア・トレード(Maria Toledo)の歌う「Sambalero」のメロディが妙に心にフィットする。で調べてみると、なんと旦那さまの作った曲でしたか。

 あの「黒いオルフェ」の作者、ブラジルのギタリストLuiz Bonfa氏である。

 ボンファのアルバムはあまりに多すぎて選ぶのに困るのだが、いま気にいってパワープレイしているのはボンファ夫婦共演の『ブラジリアーナ Braziliana』(1965)と、スティーヴ・ローレンス&イーディ・ゴーメによるボンファ曲集『Bonfa & Brazil』(1967)である。

 イーディ・ゴーメは「恋はボサノバ Blame it on the Bosasa Nova」で有名な人だが、スティーヴ・ローレンスも「悲しき足音」というヒット曲を持っていて、ダニー飯田パラダイスキングがカバーしていたそうな。こちらのお二人もご夫婦である。そのせいかみんなのびのび楽しそうで、こっちまで幸せな気持ちになる。

 そうか、ボサノヴァを聞くと心がフラットになって、その次にふんわり幸せの種を蒔いてくれるようなところが好きなのかなと思ったりする。

 本日はずばり「ボサ・ノヴァ」という邦題のついた『Plays And Sings Bossa Nova』(1963)を選んでみた。抜けるような冬の青空を見ながら、暖かくした室内で聞くに何とふさわしいBGMだろう。

 

わが心のどら焼き

 ゆうべ『世界ニッポン行きたい人応援団』の「どら焼き」の回を見ていてあまりに美味しそうだったので、明日、歩いて買いに行こうよという話になった。歩ける距離にどら焼きが売りの和菓子屋さんがあるのだ。念のためにHPをチェックすると10〜14日までは臨時休業だったらしい。なら今日は大丈夫だろう。

 ところがどう見てもシャッターは閉まっている。そういえば定休日のチェックはしていなかったっけ。隠居はいつもそういうところが抜けている。せっかく来たのにいやはや残念至極。ならせめて、隣のパン屋さんに寄っていこう、とまだ潰れずに営業していた小さな小さなパン屋に入る。

 真っ先にメロンパンが目に飛び込んでくる。これも「応援団」がきっかけだったろうか、いつの頃からかあちこちのメロンパンを買い回るようになり、一時はほぼ毎日メロンパンを食べていた。すると血液検査で血糖値に大いに問題あり、ということになり、そこから低糖質・減量作戦に挑むはめになった。なんと40日ぶりのメロンパンである。そのせいか、どら焼きのことが頭から飛んでしまったようだ。

 どら焼きといえば、決まって思い出すのが、近鉄奈良駅前で売られていた「三笠」である。三笠の山にちなんだその名前は関西圏でのみ使われていたようで、子どものころ、直径16センチ・重さ500グラムのジャンボ三笠を切り分けて食べるのが習いだった身には、普通のどら焼きはどこか別物感が抜けない。

 今も奈良の駅前では「三笠」が売られているが、元祖の店の横に出店した京都の和菓子処がそっくり真似てジャンボ三笠を売り出したため、あえなく閉店に追い込まれたという噂がまことしやかに語られている。真横に同業種の店を出すのもありえないが、商品までパクるなんて、と昔の味を知る奈良県人はひそかに憤っている。しかも新しい店のほうがいかにも商売上手という、まるでドラマのような話だが、果たして真相はどうなのだろう。

 ジャンボ三笠を作った「湖月」は、湖月堂や鼓月という似た名前は出てくるけれど、もはや検索にもかからない。ああもう一度、湖月のどら焼きを食べてみたいと、奈良県人なら一度は思ったのではあるまいか。

ジョアン・ドナート

 Bossa Novaといえば、巨星アントニオ・カルロス・ジョビンに、並び立つジョアン・ジルベルト、といったところだが、もうひとりの天才と呼ばれながらいまいち輪郭のはっきりしないジョアン・ドナートJoão Donato については、これまでじっくり聞くということがなかった。ところが先日、「Piano Of Joao Donato - The New Sound Of Brazil 」(1965)というアルバムを耳にして、すっかりファンになった。この人の良い力の抜け加減がようやくしっくりくる年齢になったのだろうか。最近の朝のBGMはもっぱらドナートさんである。

 ついでに家にあるアルバムを年代順に並べてみよう。

 ボサノヴァの黎明期、1959年にはすでにアメリカに渡ってラテン・ジャズ・バンドで活動していたドナートさんが、一時帰国してレコーディングしたのが次の2枚。

 1963 Muito a Vontade ムイト・ア・ヴァンターヂ 28歳のセカンド・アルバム。

 1963 Bossa Muito Moderna ボッサ・ムイト・モデルナ 

  次の隠居イチオシのアルバムは、アメリカ録音です。

 1965 The New Sound Of Brazil  完成度の高い、これはまさに「名盤」でしょう。

 1970 A Bad Donato 

  1972年暮れにアメリカにもどったドナートが初ボーカルに挑戦したアルバムが

 1973 Quem E Quem ケン・エ・ケン(紳士録)代表作だと言われることが多い。

 

 1973 DonatoDeodato     同じピアニストであるEumir Deodatoとのコラボ作。

 1977年にはMichael FranksSleeping Gypsy」やNara Leao「Os Meus Amigs Sao Um Barato」(ナラと素晴らしき仲間たち) などにも参加しているが、それ以降、突然、姿を消して隠遁してしまう。このへんが稀代の奇人といわれるゆえんなんでしょうか。

 そのドナートさんが再び脚光を浴びるきっかけになったのが、なんと小野リサ1995年のアルバム「Minha Saudade」だったとは、望外の喜び。アルバム丸ごと、大好きだったドナートさんのスタンダード作品集で、ご自身も参加しておられます。

 2001 Brazilian Time

 2001 Remando Na Raia

 2001 Ê Lalá Lay-Ê   70歳を超えてこのみごとな脱力感。いいですねえ。

 2007 Uma Tarde Com Bud Shank  アルト・サックスの名手バド・シャンクと共演。

 2010 Sambolero

 2010 Joyce Moreno featuring Joao Donato - Aquarius ジョイス・モレーノとコラボ

 2017 Bluchanga 83歳にしてこの揺るぎなさには脱帽。

 そして「2018年最大の衝撃!」と喧伝されたのが、「Mad Doneto」である。未発表音源のみを集めた4CD-BOX。70年代の音源集に3枚のアルバム。そのうちの1枚は、ドナートのファンだった日本人の手で作られたアルバムだというからなかなかエキサイティングだ。

 2021 Joao Donato / Adrian Younge and Ali Shaheed Muhammad - Jazz Is Dead 7

 「Jazz is Dead」という注目の新レーベルが出しているシリーズ7枚目。ドナートさん、まだまだお元気なのである。

 

 

 

年末年始の本

 年末にご贔屓の「買取王子」で本を3冊買った。

 愛知県にあるネット宅配買取サービスの会社だが、「もったいない本舗」と合わせてここで古本を買って裏切られたことがない。ほしい本でこの2店からの出品があるときは迷わず古本を買うようになった。

 前からドミニック・ローホーの「少ないもので料理する」や「少食を愉しむ」が気になっていたので調べてみると、「シンプルに生きる」という本がこの在日ミニマリストの最大のベストセラーだという。ところがアマゾンには似たタイトルがこれでもかと並んでいて困惑してしまう。

 最終的に講談社+α文庫の「シンプルに生きる 人生の本物の安らぎを味わう」を選んだのだが、これが実は「シンプルに生きる モノを持たない暮らし」「シンプルに生きる 美しいからだをつくる」「シンプルに生きる ストレスからの解放」を”再編して文庫化”したもの、だというから驚く。他にも「シンプルに生きる 変哲のないものに喜びをみつけ、味わう」という本まであるから、読む前にいささかげんなりである。

 2冊めの大原扁理という名前は大垣書店で知った。「いま台湾で隠居してます」というタイトルが目を引いたのだが、この人も「20代で隠居 週休5日の快適生活」「思い立ったら隠居 週休5日の快適生活」「隠居生活10年目 不安は9割捨てました」「年収90万円で東京ハッピーライフ」「年収90万円でハッピーライフ」と似たタイトルが並んでいる。文庫版の「思い立ったら隠居」が「20代で隠居 」の ”随所に書き下ろしを増補し、描き下ろしイラストを加えたもの" だと知ってこちらを注文。

 この本の中で初めて「ロー・プロファイル」という言葉と出会ったのだが、扁理氏の実践する”目立たず控えめに暮らすライフスタイル”は、まさに隠居の憧れそのものではないか。

 3冊目が前からほしかった、こだまの「いまだ、おしまいの地」。講談社エッセイ賞を獲った前作より文章が上手くなっているのに驚く。すっかり偏屈になってしまった隠居の心にもストレートに沁みる、数少ない作家さんのひとりである。

 たいして安くなっていないので現在保留中なのが、沢野ひとしの「ジジイの片づけ」

1760円。沢野ひとしももうジジイなのかと思うと感慨深い。半額になったら買う。

 

 本日購入した”新年最初の本”は、ネルノダイスキなる人のコミックスである。phaの日記「面白かった本2021」で紹介されていた「いえめぐり」の表紙を見て、面白そうだったのでアマゾンをのぞいてみたのだが、出ていたのは2冊のみ。しかも、もう1冊の「ひょうひょう」という本はなんと2445円もする。

 出している「アタシ社」は夫婦2人でやっている出版社だそうで、HPをのぞくとなかなか興味深い。通販もやっていて、ここなら正価1430円というのはどういうことかね。しかも、「本屋からもどってきたものなので古本扱いします」と600円+送料の値がついているではないか。迷わず注文ボタンを押してしまった。

 noteに「ひょうひょうができるまで」の長い連載があったので読んでみると愛着がわいてしまい、新本で買えばよかったかなと反省。もしかしたらもう1冊、新本でいただくことになるかもしれない。