1日たっても異界からもどってきたような感覚が抜けない、こんな映画は初めてである。まったく予備知識がないまま「ボーダー 二つの世界」(2018)を見た。正解だった。あらかじめ知っていたら初めから見ようとは思わなかったろう。
旅客が歩いてくる長い通路の端っこに税関の制服を着たティーナが立っている。その風貌からどうしても目が離せない。ああ特殊メイクなのか、と納得するまで頭が混乱し続けている。するといきなり、彼女は鼻をひくひくさせながら「そこの人」と声をかける。
「そこの人」はそれぞれに”わけあり”である。必ず何か疚しいことを抱えている。罪悪感や、恥や、邪悪なものたちから立ち上るネガティブな匂いを、彼女は麻薬犬のように感知することができるようなのだ。
そしてその特殊能力をかわれて、警察と協力しながら犯罪に立ち向かっていくという筋立てはまるでサイキック・ミステリーだが、原作があの「ぼくのエリ 200歳の少女」を書いたリンドクヴィストさんである。いつのまにか話は既視感ゼロの、まったく予想だにしない方向へと進んでいく。
もう逃れることはできない。ティーナもろとも僕らも、「ボーダー」を超えて激しく流されていくことになるのだが、映画なんだから途中で降りることもできたはず、と思うだろう。でも冒頭、彼女の顔を不躾なほど見つめてしまった僕にはリタイアする権利がないような気がして、最後まで見てしまったんだよなぁ。
第71回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリ作品。