この世で一番美しい曲

 ボサノヴァを追い続けた先で出会ったカエターノ・ヴェローゾさん、1981年のアルバム「Outrras Palavras オウトラス・パラーヴラス」の中にそれはあった。

 わが ”この世で一番美しい曲"=「Dans Monile 僕の島で」である。

 ”僕の島で彼女と二人、太陽に焼かれているってなんて心地いいんだろう” という他愛もない歌だが、えもいわれぬ幸福感に溢れていて、長い間、これこそボサノヴァの到達点、だと思っていた。

 ボサノヴァの歌姫・小野リサが「ダン・モニール」と冠したアルバムを出しているほどだから、きっとボサノヴァの名曲に違いない、と思い込んでしまったのもある。

 

 ”フランソワーズ・アルディの再来” と言われたケレン・アンなるシンガーソングライターがいる。2000年に彼女がデビューアルバムの中で歌った自作の曲「Jardin d'hiver 冬の庭」には、 ”アンリ・サルヴァドールに捧ぐ"という献辞をつけられていた。アンリさんは、レジオン・ドヌール勲章をいただくほどのレジェンドだが、すでに80歳を超えて音楽業界からは引退同然だったそうだ。しかしこの曲のヒットで、焼けぼっくいに火がつく。

 ケレンのプロデュースでリリースされたアンリさんの新作「Chambre Avee Vue サルヴァドールからの手紙」は、とても84歳とは思えない、まさかの名盤になった。フランス国内だけで50万枚のミリオンセラーとなり、ALBUM OF THE YEAR、ARTIST OF THE YEARまで獲ってしまうのである。

 アンリさんはさらに2007年、「Reverences レヴァランス〜音楽よ、ありがとう」という、これまた素晴らしいアルバムを残して、翌年、90歳で亡くなった。

 その集大成ともいえる「Reverences」の中で、隠居は最愛の「Dans Monile 僕の島で」と再会するのである。

 クレジットを見て目が点になった。作者はなんとアンリ・サルヴァドール御自身、それも1957年の作だという。うーむ、なにか大きな間違いをしていたのかもしれない。

 ボサノヴァの誕生は、ジョビン1958年の作「Chega de Saudade 想いあふれて」だというのが定説である。「Dans Monile」がそれ以前に書かれているのだとしたら、ボサノヴァの到達点などではありえない。あわててWikiのアンリさんのページを開いた。すると「Dans Monileは、ジョビンに影響を与え、ボサノヴァの誕生に貢献した」とはっきり書いてあるではないか。到達点どころか、これが原点だったんだ。

 だから「Dans Monile 」をシャンソンと紹介している文章があったわけか、と今ごろ腑に落ちた。不都合な情報は簡単に無視され、こうして老人の思い込みを形成するわけか。知らぬは隠居ばかりなり、である。

 それ以来、アンリさんへの敬愛が止まない。隠居の中ではやはり「Dans Monile」こそ、この世で一番美しい曲である。