生き直しをはかる

 先日目にした老活本によると、隠居たるもの毎日入浴する必要も、泡たてて顔や頭をゴシゴシ洗う必要もないのだという。毎朝の散歩でけっこう汗をかくので「入浴は週2回」などというのはさすがに無理な話だが、高価なシャンプー類はもう卒業してもいいのかもしれない、とゆうべから馬油ボディソープ1本で全身をまかなってみることにした。

 異能としか言いようのないヨシダナギさんの本を読んでから、体のどこかに小さな風穴があいたような気分が続いている。タイヤの穴から静かに空気が漏れ出るように、鬱屈がこぼれ落ちていく感じとでも言えばいいか。

 そのナギさんがNHKに出るというので楽しみに見ていたら、山口晃という面白そうな画家さんの番組を予告していた。そこで聞き知った『すゞしろ日記』という本を買ってみたところ、高価な大判の本にもかかわらず隠居には細かすぎて読めない、という事態に困惑している。

 この頃おさんぽしながら聞いているのは音楽にあらず、Voicyというやつで「靴磨きトラベラーSosho」さんの配信を楽しみに流している。この人の話も退屈な日常にこまかな断裂を起こしてくれるのだ。

 NHKでやっていた伊の医療ドラマ『DOC』を、幸いにも1話めから見ることができたのだが、高圧的で鼻持ちならない医者だった主人公がのっけから銃撃を受ける。命は助かったものの、長期の記憶を失った彼は、覚えのない過去をひきずりながら、激しく「生き直し」を迫られる。

 隠居もまた60代はずいぶんいろんなものを引きずっていたが、70代ってもしかしたら「生き直し」の時なのかもしれない、などとふと思ったのは、ナギさんやSosho君やDOC先生からの影響なのかもしれないと思う。この歳になったら、もう過去にとらわれる必要も、常識というタガの中で窮屈に生きる必要も、ありはしないのではないか。だから年賀状をやめてしまったのも正解だったんだよと納得できた、ほやほや72歳の新年でありました。